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其れは、俺に何を求めると言うのか。自然と目に入る、女であれば惚れてしまいそうな容姿に甘い声。またそれとは裏腹に残酷で冷たい性格。俺は彼奴が怖かった。しかし彼奴は俺を愚かだというしそれと共に俺を恐ろしいと言う。
「傍に居るのは、貴方の身体を手に入れる為ですよ。」
それはたまに言い訳のように聞こえた。まるで何かを隠すような、何かを否定するような、其れが何なのか知る術はない。ただ「わかってる。」そう言って少しだけ眉間に皺を寄せ笑するしかない。其れを訝しげに見る彼奴に俺はどう写るのか、では何と答えれば良かったのか、目の前にいる男に何故自分がこんなにも気を使わなければならないのか、途方に暮れる。
「沢田綱吉…。」
嫌いだと、憎いと言うならそんな声で呼ばないで欲しいと思う。俺が彼奴にとって憎むべき存在なら、何故俺は此処に居れるというのか。
「…ドクロは、皆は元気?」
たまのたまにしか顔を出さないこの男に其れを慕う者達。羨ましいと思うことはないが、良かったとは想う。彼奴が安らげる場所があるのならそれは幸せなことではないか。どんな会話をしても眉を潜めるこの男は相当俺が嫌いなのだろう。もしくはただくだらない馬鹿話に嫌気が指しているのかもしれない。どちらにしろ、好かれてはいないと言うことだけは事実であった。
(そう、それで良かったはずなんだ。)
ならば何故、そういった気持ちは増すばかりだ。
「綱吉…。」
何、と男を見上げる。それでも男はただ甘い声で俺の名だけを呼ぶのだ。愛しい者の名を呼ぶように。少しの悲しみや寂しさや慈しみを含んだ声で。俺にどうしろと言うのか。やはり溜め息を吐くしかなかった。
「なぁ…お前は俺に何を求めているんだ。罵りたいなら憎いなら恨んでいるのなら…。」
そんな優しい声で呼ばないでくれと。言葉を噤む。
「俺は、」
困ってしまう。途方に暮れてしまう。少しだけ信じてしまいそうになる。
何故こんな感情を抱くのか、それが何なのか自分でもよくわからない。男は笑った。
「君は、僕が」
好きなのですか、と狂ったように。
些か特徴のある笑い声は少しだけ俺を不愉快な気持ちにさせる。意味が理解できない。
「まぁ…お前が俺をどう思っているかは別として。」
嫌いではないだろうけれども。その言葉に、一瞬にして冷め、青と赤のオッドアイは鋭く俺を射抜く。男は何に苛立っているというのか。
「僕は君など、大嫌いですが。」
知っている、と笑う。その答えが気に食わないのか男の視線はさらに厳しいものとなる。巣喰われてしまいそうな逃げ出してしまいたくなるような。そしてまた途方に暮れるしかない。
(何故なら俺は何度も言ったのだ。会いたくないなら報告だけ部下にでも伝えて渡してくれればいいとも、もしくはこちらから電話をするとも。それでも男はわざわざ会いに来る。俺が嫌いだと言うなら其れに何の意味があった?)
視線から逃げるようドアの方へと目をやる。
「…ボス…。」
静かにドアが開き、凛として透き通るようなそれとともにあどけない声と妖艶な容姿、あの男を慕った子が立っていた。
「ドクロ…。」
彼女は静かに近づき何故かあの時のように頬に唇を落とす。
「なっ!」
その先の言葉を予測し
「久しぶりだったから。」
挨拶、と優しく微笑む。彼女が微笑むと男はまた顔を歪める。それが意図するものはわからない。好きな人以外にあまりするものではない、そう告げると彼女はただ笑って
「私はボスをボスだけを愛しているもの」
と言う。彼女が慕っているのはこの男のはずであった。俺は愛想笑いを浮かべることしか出来ない。何故皆、俺を、俺だけを愛しているというのか。君だけがいればいいと、其れは俺にとって拷問や苦痛でしかない。
(だって俺は其れに応えることなど出来ないというのに。)偽善と言われようともそこにハッピーエンドが待っていたとしても俺には誰か一人など選ぶ権利などないのだ。だって、そうだろう?(俺は……)
「ボス?」
不安そうな声と可愛らしい表情。気のせいだと願いたい。
「ううん、有難う。」
染められた頬も幸せそうな笑顔も自意識過剰なだけだ。でなければ、幻覚だ。彼女は俺を愛しているともう一度だけ囁いた。それは…絶望の唄であった。
「 骸様は…。」不器用だから、彼女が鳴らす音はまるで聴き逃してしまいそうなほど頼りなく幻想味がかるのに確実に耳へと入り、またそれは謎解きのようだ。そして要領の悪い俺は其れを理解できない。
(できなくていいと願う。)
「骸様はボスを…、」
その唇を止めたのは彼奴か俺か、無意識に彼女の口元に手を添える。(その先の言葉が鳴らないように)
「憎んでいるし疎ましく思っているのですよ。」
骸が答える。何故、俺はその答えにほっとしたのか。ドクロはただ俺等を交互に見上げるだけだった。俺が骸に抱く感情は…家族にみせるような、友人や恋人には見せられない部分なのかもしれない。そう気づいたのはいつからだったか。彼奴は俺を愛してるなど言わないし俺を求めたりはしない。ただ数時間此処に居座り嫌な顔をしたりしながらたまに乏し、たまに笑い、邪険の目で見ながらも最後にはまた笑って
「また君を傷つけに来てあげましょう。」
と言う。残酷な言葉かもしれないが其れは何故かあの家庭教師にも少し似た安心感。それだけで充分だったのだ。ただ少しだけ、ほんの少しだけでいいから許して欲しいと思う。(例え、俺に罪がなかったとしても彼奴にとってはマフィアであること事態が罪なのだ。)もっと笑いながら話ができたらそれはどれだけ素敵なことか。そんな愚かな甘い期待。きっと誰よりも俺にとって彼奴は必要な存在になるのだろう。
「ボス。」
ふいに現実に戻される。笑って返すことが板についた今、自分がどんな顔をしているのか、想像がつかない。「なに?」全てに蓋をしてしまえばいいと想った。
「……ボスは誰を選んだの?」鈍器で殴られたような感覚と目眩。開けてはならないパンドラの箱。「俺は……」全てを望み全てを失うことを恐れ「……… 」開きかけた口を塞いだのは骸であった。ぐらりと、揺らぐ情景。何が起こったのか、静寂に戻り、唇に残る生暖かい感覚とモヤモヤとした何かは渦と化する。「…な、んのつもりだ。」脳へと響きわたる警戒音。聞いてはいけない気がした。しかし聞かなければならない気がした。骸は苦しそうに笑った。(気がした)
「僕は……… 」やめてくれやめてくれやめてくれ…違うはずだお前は俺を憎んでいるはずなんだ。 耳を塞ぐ。目を閉じて違うと叫ぶ。「お前は…骸はっ!!!!!!」男の胸倉を掴む。しがみついていないと倒れてしまいそうだった。それでも、嘘だと冗談だと俺の手を払ってしまうくらいでいい。しかし男は優しく背中へと手を回すだけであった。そして優しく笑う。「世界には君と僕しか必要ない」と。意味を理解してはいけない。もしくは太刀の悪い嫌がらせだ。声が震えた。
「骸…お前は…俺が嫌いなんだろう?」そして男は悲しそうな顔をする。 「あいしてる」 残酷な一言であった。夢であればどれだけ幸せだったことか。
「嗚呼、……。」彼奴も皆と同じだったと言うのか。 目眩のままに任せ倒れてしまいたい。其れは呪いだ。俺は絶望し首をうなだれるしかなかった。(そして俺は目の前の男へと…。)
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